配偶者居住権の理解と活用法
2025/03/12
令和の相続法改正により、新たに「配偶者居住権」という制度が設けられました。「配偶者居住権」がない時代には、相続を機に、被相続人の配偶者(通常、夫が死亡した場合の妻が想定されます)が自宅を売却せざるをえず居住し続けられないとか、生活費に困るような不都合なケースがありました。これに対し、「配偶者居住権」は、配偶者が、遺産分割手続きで、従前の生活環境を奪われず、従前どおり自宅に無償で住み続けることができる可能性が高くなる制度です。また自宅居住のほか、遺産から現預金を取得できる可能性が高くなるなど配偶者の生活費確保にも資するといわれています。配偶者保護のための新たな制度として設立されました。うまく使えば配偶者に有利になりますが、別の言い方をすると、他の相続人には悩ましい事態が生じます。配偶者居住権についてはまだ始まって間もないことから、事例が少ないだけでなく、将来どのようなメリット・デメリットが現在化するか不明な点もありますが、今後主張されることが多いと思われ、本コラムで配偶者居住権についてご説明したいと思います。
目次
配偶者居住権とは?その意義を理解しよう
「配偶者居住権」は、読んで字のごとく、配偶者が、相続前に配偶者と住んでいた自宅に引き続き居住する権利を与えるものです。下記具体例で考えてみましょう。
【事例】
被相続人:夫
相続人:配偶者(妻)、長男
遺産 :時価4200万円の不動産(夫が生前、妻と居住していた自宅)と預金1000万円
特別受益・寄与分などによる法定相続割合による修正なし
【配偶者居住権がない場合】
別のコラムで説明しました通り、➀遺産の範囲=不動産+預金、➁不動産の時価は4200万円、③特別受益・寄与分の修正はなし(法定相続割合は各1/2)と整理していきますので、一人2600万円(⦅4200万円+1000万円⦆×1/2)宛の「枠」になります。配偶者が自宅を取得したいと考えた場合、自宅価値が4200万円であるのに、2600万円の「枠」しかないため、自宅を取得できません。不足額を長男に対し「代償金」として支払う必要があります。自宅を確保できたとしても、遺産から預金を取得できなどころか、固有の資産の持ち出しが生じてしまい、生活費に困る事態が想定されます。
【配偶者居住権が認められると】
不動産を➀建物という物理的部分と、②建物に居住する権利(目に見えない利用権です)に分けるというイメージです。後者が「配偶者居住権」という財産・遺産です。仮に②「配偶者居住」が1500万円とすると、配偶者は2600万円の「枠」を持っていますので、1500万円の「配偶者居住権」と、残り1100万円の遺産を主張できます。預金も取得できる可能性があるのです。これにより、配偶者は➀建物という物理的部分は取得できず、権利を有しませんが、➁建物に居住する権利を確保しつつ、預金の承継も可能となり、従前の弊害が解消されということになるのです。
離婚の影響:配偶者居住権がもたらす安心感とは
前記の具体例を見た皆さんは、そもそも、配偶者と長男が争うことなどあるのだろうか?と思われる方もいるかもしれません。仲の良い母子であればそのような事態はないでしょう。しかし、我々弁護士のところには、険悪な関係の母子関係を前提にした相談者様も多いのです(相続以前から、相続とは関係なしに、親子関係が疎遠な場合もあれば、相続を機に関係が悪化した場合もあります)。また、例えば、後妻と前妻の子という「配偶者」「子」関係を考えてい見てください。前妻が離婚を余儀なくされ、後妻がいる場合、特に後妻が不貞相手だったような場合を考えてみてください。後妻と前妻の子の関係が険悪なのは容易に相続が付くでしょう。「配偶者居住権」は、遺産分割手続きで必ず採用しなければいけない制度ではなく、もめたときに配偶者の権利を守ることができる新たな制度と位置付けてください。
配偶者居住権が発生・終了する場合
「配偶者居住権」については、一見、基本的なことは民法の条文に規定されています。
1 要件
配偶者が、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合であること
2 発生
全相続人による遺産分割協議・家庭裁判所の遺産分割調停(審判)
被相続人による遺贈(遺言)
3 内容
存続期間 :配偶者の終身(遺産分割協議、遺産分割調停・審判、遺言で別段の定めがあるときはその期間)
対価等 :居住についての対価の支払いは無し(無償)
負担 :配偶者は、居住建物の通常の費用を負担する
配偶者の義務:善管注意義務
4 終了
⑴配偶者の死亡
期間の定めがあるときは当該期間経過
配偶者が善管注意義務に反したり、無断で増改築したり第三者に使用収益をさせた場合、所有者は、相当期間を定めてその是正を催告し、その期間内に是正がされないときは、所有者は配偶者居住権の消滅の意思表示ができる。
⑵配偶者死亡等により、配偶者居住権が終了すると、建物を所有者に変換する必要があります。
配偶者が死亡した場合
配偶者が死亡した場合、「配偶者居住権」は終了、消滅します。配偶者を保護するための特別の制度・権利ですので、賃借権のように、さらに相続されていくような財産・権利ではないのです。
先ほど、建物が①建物という物理的部分と、➁建物内で居住する権利の2つに分かれると説明しました。配偶者が存命中は、配偶者が「居住」していますので、建物を相続した相続人は建物が使えるわけでもなく、制限・負担付きの建物を取得するだけで、実利がないと言ってもいいでしょう。一方、配偶者が死亡すると、➁「配偶者居住権」は消滅し、➀建物という物理的部分が残ります。この時、建物を相続した相続人は、建物に居住、使用する権利を回復するので、実利を得ることができます。そのため、配偶者居住権が何年続くかが重大な関心事になります。無論、配偶者が何年存命し、居住し続けるかは事前にはわかりませんので、配偶者居住権を設定してよいか?実利がない期間が何年続くか?悩みながら検討していくことになりましょう。専門家に相談しなければ検討も難しいのではないでしょうか。
配偶者居住権の評価・価値
「配偶者居住権」が何年続くかが重大な関心事となることをご説明しました。
もう1つの重大な関心事となるであろうが、「配偶者居住権」の価値の評価です。実は、法律は、「配偶者居住権」の評価方法については規定していないのです。
建物が➀建物という物理的部分と、➁建物内に居住する権利の2つに分かれると説明しました。後者の建物内に居住する権利も「財産」「遺産」になることに注意する必要があります(評価により、「配偶者居住権」を取得した配偶者に相続税負担の問題が生じます)。
最初に説明した4200万円の不動産の例で、「配偶者居住権」を1500万円として説明しました。➁配偶者居住権が1500万円とすると、➀物理的な部分は2700円となります。ただ、配偶者居住権をいくらと見るのか?物理的部分をいくらと見るのか?が大問題なのです。
これについてはまだ確立したルールは決まっていないと思われます。以下、考えられる決め方を記載してみます(無論、これだけではないと思います)
⑴ 話合いで、決められればその額です。極端なことを言えば、根拠不要です。
⑵ 話合いの時に参考にする指針としては、相続税評価の出し方を参考にすることが考えられます。「配偶者居住権」も立派な財産・遺産ですので、相続税の計算の時に計算式が定められています。税務と法務が必ずしも一致する必要はないのですが(例えば、遺産分割事件における土地評価についいて、「税務」では路線価をベースにした「相続税評価額」ですが、「法務」では「時価」です)、税務での相続税評価額の計算式で、法務も考えてしまうやり方です。 ただ、この計算式がかなり複雑です(実は、先の例は、あたかも不動産=建物としてご説明しましたが、通常は、建物+敷地をまとめて相続するでしょうし、相続税評価の差異も建物と土地部分それぞれを計算する必要があります)。そこで、話合い時の簡易な計算方法も考えられますので、お気軽にご相談いただければと思います。
⑶ 話合いで決まらない場合には、家庭裁判所の遺産分割手続き(調停・審判)内で、不動産鑑定士の鑑定を求めることになります。しかし、鑑定費用は当事者負担です(裁判所が無償で行ってくれるわけではありません)。そして鑑定は、1件〇十万円の世界ですので、できれば話合いで調整できるとよいと思います。無論納得できなければ、積極的に裁判所で戦いましょう。お気軽にご相談ください。
よくある御相談
このコラムを見ていただいている方は、インターネットで「配偶者居住権」を調べられていると思います。ただ、特定の方にとっては、全然情報が流れていないと感じられるのではないでしょうか?インターネットで流れている情報は、配偶者居住権が設けられた意義(配偶者保護)ばかりで、配偶者視点なのです。配偶者のメリット(デメリット、注意点)であり、他の相続人側のメリット・デメリット(特にデメリットや注意点)について説明したり、回答しているページはほとんど見つからないのではないでしょうか?そのため、配偶者居住権の負担付き不動産を取得する側(子)側の疑問に答える説明は少ないように思えます。例えば、民法の規定に従い、配偶者死亡により配偶者居住権が終了したとして、残置物があったり、他の相続人が同居し居座っていたらどうするの?固定資産税や修繕費はどうするの?等、疑問に思うことはたくさんあるはずです。配偶者を保護するための配偶者居住権の制度ですので、配偶者の側からのご相談にも対応しますが、他の相続人の疑問にもお答えしたいと思っています。お気軽にご相談ください。